第1章 デリバリー管理
1.3 デリバリー管理実施上の障害と全社的デリバリー管理
(1)リーン生産実践上の障害
デリバリー関連手法によって米国製造業は復活を果たしました。しかしながら、日本の製造業の中でそれを果たしている企業は一握りに過ぎません。デリバリー管理をレベルアップするための手法はすでに数多くあります。ところが、それを企業で実践しようとすると様々な障害に直面します。これがレベルアップを阻害しているのです。
日本企業で既存のデリバリー関連手法を実践する時の障害とはどんなものでしょうか?リーン生産を例に説明しましょう。リーン生産は、日本のJITから発展しました。そのため実施には教育水準の高い従業員が小集団を組み、ボトムアップな改善活動をすることが前提となっています。当然、欧米よりも日本の経営環境に適しています。しかしながら、発信源となった日本国内の状況を振り返ってみると、それを実践していると言える企業は製造業全体の一部に過ぎません。
リーン生産を実践しようとした時の障害は以下のような点です。
@「リーン生産の対象が特定業種・特定部門という思い込み」
リーン生産が主に自動車業界で実施された手法群から構成されているため、自動車業界と似たような加工・組立型の製造業者は適用可能と考えます。しかしそれ以外の製造業者は適用困難と考える場合が多いのです。関係者が「うちが作っているモノは違うからデキナイ」と思ってしまった場合です。この場合は導入すらできません。
例えばリーン生産を導入するために、先進企業を見学したとします。その時に参加者から「この企業でリーン生産が実践できているのは、機械加工や組立が主体だからだ。うちは装置加工が多いから違う」とか「プレス機の段取替時間の短縮はできても、うちの放電加工機ではデキナイ」といった感想が出ることがあります。こうした考え方が導入の障害となるのです。
こうした障害を乗り越えて、リーン生産の展開を始めたとしましょう。次の障害は、リーン生産を製造職場に対する手法群と理解してしまうことです。営業や開発のデリバリー問題には効果がないと思った場合です。たとえば営業担当役員が「リーン生産?知ってるよ。うちの工場でもやってもらいたいね」といった発言をしたら、営業部門で業務プロセスのリードタイム短縮や、情報の停滞を切り口としたムダ取りは進まないでしょう。「工場だけやればいいじゃないか」ということになります。この場合、工場のレベルはある程度底上げできます。しかし経営上の効果に結びつきません。
A「リーン生産で目指すビジネスプロセスの姿が描けない」
1個流しやシングル段取りなどの実施だけに注力した場合です。この場合、ビジネスプロセスの構造は大きく変化せず、生産・販売・開発の一部がレベルアップしていきます。当然、経営上の効果には直結しにくいわけです。これを続けると「こんなに苦労しているのに成果があがっているのか?」という声があがります。効果に疑問を持つ社員がいると、日本人の教育水準の高さと日本企業の分散した意思決定スタイルがむしろ障害となります。関係者はやる気をなくし、実際にそこそこの成果しか出なくなります。
この場合は、ビジネスプロセスの目指す姿を描けばいいのです。しかし全社のビジネスプロセスのあるべき姿を描こうとしても、現実には関係者が現状の姿すら描けないことが殆どです。
もともとビジネスプロセスは、様々な部門の活動が相互に影響し、また時間軸を絡めた思考が要求される一種の「複雑系」なのです。適切な手法を用いて、ビジネスプロセスの姿を描く活動を意図的に実施しない限り、目指す姿は明らかになりません。